恩師

子供の頃、一度だけ嬉しかったことがある。

中学2年の時に、一年間だけ「美術」の担当になった先生が居た。その先生は変わっていた。

一年間、課題はなかった。何も教えてくれなかった。ただ一言「好きなモノを好きなような描け」って言っていた。

そんな教師は初めてだったので、嬉しくなって、ものすごく変なものを描いてやった。

たまたま、その頃、公害問題が騒がれていた。田子の浦という海がヘドロで汚されているというニュースを見て、その海をカラフルに、その頃で言う、サイケデリックな色彩で、描いてみた。

そうしたら、その教師は、「もっと、思い切って、描け」って言った。そして、半年間、その絵だけを描き続けた。納得するまで、何度も何度も描き足した。

そしたら、あるとき、その教師は、その絵を持っていってしまった。「○×に応募しといたからな」って言っていた。

忘れた頃、その絵が大きな賞を取ったということを聞いた。両親は喜んでいたが、私は別に何も感じなかった。それよりも、一年間、好きなことをやらせてくれた、そのことが嬉しかった。

先日、その教師の個展が名古屋でひらかれたと聞いた。ローカル番組で、その特集も見た。まだ、あの人は、訳のわからない彫刻を造っていた。そして、歳はとっていたが、その頃と同じような声で、嬉しそうに芸術を語っていた。

最近私の撮っている写真は、その頃描いた「絵」に似ているような気がした。そして、その先生「山田彊一(やまきょう)」の名前を思い出した。

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